宮田昇始のブログ

Nstock と SmartHR の創業者です

死なないために

Capital was free. Now it’s expensive.

  • タダだった資本は今や高価に
  • 資本がタダの時代はより多くの資本を消費する会社がベストだった
  • 資本が高価になった今はこれらの会社はワーストな会社になった
  • 1ドル1ドルが以前よりもより大切になった時、優先順位をどうかえていくのか

スタートアップに冬の時代が来た

米国を代表する投資家で SmartHR の株主でもあるセコイア・キャピタルが「Adapting to Endure(耐えるための適応力)」というプレゼンテーションを共有してくれました。最初は投資先限定で非公開だったらしいのですが、メディアに Full Version が漏れたため結局公開することにしたらしいです(笑)

コンテキストを説明すると、今は世界的にスタートアップの資金調達環境が「冬の時代」に突入しており、多くのスタートアップが資金調達が進まずコスト削減をしないと数ヶ月でキャッシュが尽きる状況に置かれています。

SmartHR 社は幸運にも昨年シリーズ D ラウンドで156億円を調達しているので、いま現在は差し迫った状況ではないのですが、戦い方の基本方針を見直すタイミングが来たなととらえています。

そのような冬の時代をどう生き抜くべきかというセコイア・キャピタルの資料を少し引用しながら、私の考えを書こうと思います。

このブログは、SmartHR の社員の皆さんや、Nstock を始めとした SmartHR のグループ会社の皆さん、そして、それ以外のスタートアップ業界で働く皆さんに向けて書いています。

なお、タイトルの「死なないために」は、私が人生で最も勇気づけられたポール・グレアムの同名のエッセイから拝借しました。

冬の時代は長引くかもしれない

下記は、SmartHR社内向け資料からの引用です。

先週金曜日夜の米国CPIの発表を受けて、IRの森さんが翌水曜に実施された経営会議の議題用 & 全社会での社内共有用につくってくれた文章です。

  • 市況環境
    • アメリカで強烈なインフレが進行中です。先週金曜日の夜に発表されたCPIが8.6%と市場関係者の予測を上回る伸びでした。(CPI=消費者物価指数)
    • インフレを抑えるために中央銀行は金利を上げる必要があります。金利が上がると経済活動が停滞し、時に不況が起こります。
    • 5%以上のインフレが不況を経ずして収まった事例は過去一度もないため、23年以降に不況が起こる可能性が指摘されています。
  • もし不況が起こるとどうなるか
    • 経済活動の停滞≒収益・資金調達の減少となるので、各企業が費用削減に動きます。
    • 受注の減少や解約の増加が発生し、売上成長の鈍化・減少に繋がる可能性があります。
    • そうなれば、限られた資金で組織を維持するために、採用の抑制、セールス&マーケ活動への積極投資の縮小等を検討する必要がでてきます。

私は経済のメカニズムにはかなり疎いのですが、この文章を読む限りでは、高い確率で不況が迫っているように感じています。

もちろん、これはあくまで SmartHR 社内での議論の土台であって、実際に不況が来るかどうかは我々にはわかりません。

ただの杞憂に終わればいいのですが、不況に突入する気配がある今、いざ現実になったときの為に長期戦を覚悟して備えておく必要がありそうです。

希望的観測は時間の無駄。古き良き時代が帰ってくるのに希望を馳せるのはやめるべき

セコイアもこのように言っていますし……。

これまでの正しい戦い方

※ わかりやすさ重視で、PSR / PER という言葉の比較をつかっています。

ここ数年は、「PSR(※)」的な考えの下、ARR や売上のグロースがなによりも重要視される時代でした。

ちょっと乱暴な言い方をするならば「お金をいくら使おうが ARR が伸びれば OK。コスパを考えずに、使えるだけどんどん使おう!」という感じです。

なぜならば、ARRと時価総額のマルチプルが高く、ちゃんと業績が伸びていればスタートアップ優位で投資家と交渉ができ、条件の良い資金調達が容易だったからです。

実際問題、ここ数年に伸びた会社は大型の資金調達を実施し、その資金を燃料としてちゃんと燃やしながらロケットのように成長していきました。逆にいうと、集めたお金をちゃんと使えていない会社さんは、あまり伸び切っていない印象すらあります。

これは、先日公開された COO 倉橋さんの記事内でも紹介された、Light Street Capital の Gaurav Gupta さんとの2019年のやりとりからも見て取れると思います。

彼以外のすべての投資家から「数字は素晴らしいが、いつ黒字化するの?」という質問が寄せられていました。でも、Gauravさんが最初に口にしたのは「なぜもっと投資しないの?」という質問でした。続けて彼は「率直に言って、LTV / CACが高すぎる。めちゃくちゃ高い」って言ったんです。
 
彼の指摘は「SmartHR がそんなに効率的に事業を進めていて、なおかつ市場がブルーオーシャンであるなら、もっと投資すべきだ」というものでした。「収益性なんて気にせず、もっと大きくなれ」というのが彼のメッセージでした。
 
これは私にとって、目からウロコでした。基本的に日本の投資家の多くは、海外の投資家よりも収益性を重要視する傾向があります。実際に私も同じような考えを持っていました。それに対して海外投資家は十分な資金を持っていて、「圧倒的に勝つか、何も残らないか」という環境に慣れています。
 
だからこそ、目の前の小さなお金にこだわらずに、大きく勝負することを勧めてくれます。この言葉はとても励みになり、私たちが大きく成長を追求するためにギアを入れ替えることができました。あれは本当に大きな転機でした。
 
https://coralcap.co/2022/06/smarthr/

彼のアドバイスを受け、1段ギアを上げた SmartHR はその後も急成長を続けることができ、昨年はついにユニコーン企業の仲間入りすることができました。

しかし、それができたのは、資金を使いきっても「急成長していればいくらでも “おかわり” ができた時代」だったからです。(いい時代でしたね…)

これからの正しい戦い方

冒頭の文章を、再度引用します。

  • タダだった資本は今や高価に
  • 資本がタダの時代はより多くの資本を消費する会社がベストだった
  • 資本が高価になった今はこれらの会社はワーストな会社になった
  • 1ドル1ドルが以前よりもより大切になった時、優先順位をどうかえていくのか

これからは、「PER」的な、より利益を重要視する戦い方が必要になりそうです。雑な言い方をすれば、「コスパの良いお金の使い方ができる会社が伸びる」です。

例えば、PER 10倍の会社なら、100万円を使うと時価総額を1,000万円下げているのと同義です。「この投資に、会社の価値を1,000万円以上あげる効果が本当にあるのか?」を考えるクセをつけることが大事になってきます。

それ以上の価値が見込まれる投資は実行すべきですが、そうでないと判断したら投資をストップする勇気も必要です。価値を高める創意工夫も惜しまずやりましょう。

逆に言うと、これまで通り「いつでもおかわりできる」というマインドセットでお金を使ってると、会社は本当に大爆死してしまうかもしれません。

変化に適応し続ける奴が一番強い

この小見出しは、私の社長退任ブログからの引用ですが、セコイアの資料のなかでも同じことが語られています。

適応力とスピード

誰が勝つか?

  • 現実を受け入れた者
  • 早く適応した者
  • あとで後悔することを恐れ、規律を強化する痛みを受け入れたもの
  • この状況下で強くなったもの

加えて、変化するだけでなく、スピードも重要そうです。

Survival of the Quickest

いち早く変化した会社(早くコストカットした会社)が最終的には生き残るとセコイアは語っています。

モードを切り替える合図

ただ、いきなりマインドセットを切り替えることって難しいですよね。

正常性バイアスという言葉があるとおり、人間は不測の事態に対応することがそもそも苦手なんだと思っています。

正常性バイアスとは?
 
人間が予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き(メカニズム)を指します。何か起こるたびに反応していると精神的に疲れてしまうので、人間にはそのようなストレスを回避するために自然と“脳”が働き、“心”の平安を守る作用が備わっています。
 
https://tenki.jp/suppl/m_yamamoto/2015/04/18/3081.html

特に、人間が集団になった際には、正常性バイアスが強くなり、不測の事態への対応が後手後手になる印象です。

ぼくは、集団が不測の事態に向けてモードを切り替えるには、「わかりやすい合図」のようなものが必要だと常々思っています。

多くの SmartHR 社員が知っていると思いますが、私は常に攻めの経営スタイルで、社内でも「コスト意識」とは程遠い発言を繰り返してきました。

例えば「年内に残高ぜんぶ使い切りましょう!」とか「どうせ死ぬなら華々しく大爆死しましょう」とか。

その私が、このブログを書いている。そのこと自体が、モードを切り替える「わかりやすい合図」になることを願っています。

雨の日なら15台追い抜ける

晴れの日に15台の車を追い越すことはできないが、雨の日ならできる(アイルトン・セナ)

※ 若い世代の人への説明ですが、アイルトン・セナ(1960年 - 1994年)は「史上最高のF1ドライバー」と称されるF1ドライバーです。

危機はチャンスでもある

この冬の足音は、特定のスタートアップにだけ聞こえているのではなく、ほぼすべてのスタートアップに聞こえてきています。加えて、不況が実際にやって来たタイミングでは、スタートアップ以外の多くの企業もコスト削減に動くことになるでしょう。

ただし、思考停止して何でもかんでも削ればOKって話ではないと思っています。

余剰な費用や投資はきちんと削減しつつも、本当に重要な投資は継続し、場合によっては逆張りして新たな投資をできる会社が、アイルトン・セナの言葉のように15台抜けると思っています。

もしかすると、厳しい不況の先には、淘汰が進んだ市場で一人勝ちすることも可能かもしれません。

コスト削減は長期目線で

また、コスト削減する際には「削減目標金額」を先ず設定すると思うんですが、目先の削減目標があると短期目線になりがちになるので、短期だけではなく、長期の視点も忘れずにとっておかなければなりません。

ちなみに、セールスフォースの CEO マーク・ベニオフは、2009年のリセッションの際、営業社員の雇用削減を行ったことを「今でも後悔している」と語っています。

www.anshublog.com

上記の記事を要約すると、下記のようなことが書かれています。

  • 社員が生産性を上げるようになるまで、入社後に長い時間がかかる
  • 人員を削減しても、その効力は今すぐは出ない
  • 不況が遠い記憶になってから効力を発揮するかもしれない
  • まず、真に問うべきは、あなたのビジネスが本当に急成長しているか?そして、そのビジネスは Salesforce、Slack、Workday のような本当に素晴らしいものなのか?です
  • (妄想は禁物ですが)もしそうであれば、そのまま成長への投資を続けましょう
  • もしそうでなければ、標準的な削減は必要です
  • この四半期の成績は、3年前にやったことの結果です(これはジェフ・ベゾスの引用)
個人のキャリアへの影響

また、個人のキャリアとしては、一歩先へ行けるチャンスがやってきたと思っています。

SmartHR で マーケのVPをしている岡本さんが、下記のようなことを Slack に投稿していました。

人や資金に恵まれてると色々なことを試して経験値を溜めることができる一方、極限まで頭を使わなくなってしまう傾向もあるので、これはこれで良い流れ。
 
両方の環境下での仕事を経験できるのは良いこと。

私もこの意見には同意です。これまでは勢いと手数で勝負していたのが、これからは1つ1つの投資に創意工夫が強く求められるように変わります。

これは、晴れてる間にはできなかった、15台の車を追い抜くチャンスをくれる、雨のスタートです。

このピンチを前向きな機会としてとらえ、環境の変化に素早く適応できた人が、これから最も成長できると思います。

最後に

冒頭に書いた通り、このブログは SmartHR グループの人たちだけでなく、スタートアップ界隈の人たちにも読んで欲しいと思い書いています。

もしかしたら、ここまで読んでくれた方の中には、現在進行系で資金調達に苦戦しているスタートアップの方もいるかもしれません。

そういう人たちの支えになるかもしれないと思い、最後はポール・グレアムの「死なないために」からの引用で締めたいと思います。

スタートアップが死ぬときには、公式の理由はいつも資金切れか、主要な創業者が抜けたためとされる。両方同時に起こる場合も多い。しかしその背後にある理由は、彼らがやる気をなくしたためだと私は考えている。取引したり新機能を作り出したりして24時間働き続けているスタートアップが、つけを払えなくて ISP からサービスを切られたために死んだというような話はめったに聞かない。
 
スタートアップがキーを打っている最中に死ぬことはめったにないのだ。だからキーを打ち続けよう!

 

しがみついてさえいれば金持ちになれるというのに、こうも多くのスタートアップがやる気をなくして失敗するのは、スタートアップをやるというのがすごく滅入るものになりうるということだ。これは確かにその通りだ。私がかつてそこにいて、そしてその後他のスタートアップをやらなかったのはそのためなのだ。スタートアップにおけるひどい時期というのは、耐えがたいほどにひどいものだ。たとえGoogleであろうと、何も救いがないように思える時期があったはずだ。(中略)

だから今言っておこう。これからひどいことが起こる。それはスタートアップの常なのだ。ローンチしてからIPOや買収が行われるまでに何らかの災難に見舞われないようなスタートアップは1000に1つというものだ。だからそれでやる気をなくしたりしないことだ。災難に見舞われたら、こう考えることだ。ああ、これがポールの言っていたやつか。どうしろと言ってたっけな? ああ、そうだ、 「あきらめるな」だ。

弊社も創業後2年間は本当に苦しくて、あきらめてしまいそうな日々が続いていました。そんなとき、毎日のように帰りの電車でポールの文章を読み返して自分を奮い立たせ、おかげで今でもスタートアップできています。

また、この素晴らしい翻訳をしてくださった青木靖さんにも感謝しています。

すべてが杞憂に終わることがベストですが、最悪の状況でも死なないよう長い冬に備えた準備をしましょう。そして、キーボードを打ち続けましょう。

最後の最後に(日本語ラップコーナー)

AKLO - Roller Coaster (Official Lyric Video)

www.youtube.com

追記: 2022/6/21
日本語ラップコーナーの説明がなかったことにクレームが入ったので、ここから追記です。

再度、ポール・グレアムからの引用です。

スタートアップにおけるひどい時期というのは、耐えがたいほどにひどいものだ。たとえGoogleであろうと、何も救いがないように思える時期があったはずだ。
 
そのことを知っているのは助けになるだろう。ときにひどい思いをすることもあるのだと知っていれば、ひどい思いをしたときに「ああ、これはひどい。もうやめよう」と思わずに済む。みん なそんな風に感じるのだ。そして踏みとどまってさえいれば、やがてものごとは良くなる。スタートアップをやるのがどんな風に感じられるかは、よくジェットコースターにたとえられる。溺れるのとは違う。ただ沈み続けるのではなく、沈んだ後には浮かび上がる 。

スタートアップを続けることは、一般的にもよくジェットコースターに例えられます。

この例えは「アップダウンの激しさ」だけが強調されがちな気がしていますが、重要なのはポールが言うように「沈んだあとにも、踏みとどまってさえいれば浮上できる」ということではないでしょうか。

もし長期的な冬の時代が来ても、耐えていれさえすればいつか浮上します。そのときまで、不確実性を楽しみながら、余裕の表情でやっていきましょう。

ということで AKLO のRoller Coaster の紹介でした。

以下、歌詞から引用。

Up and Down
Like a Roller Coaster
周り全てがSlow Motion
たとえ本当はかなりの臆病者でも
保ち続ける余裕の表情
両手を上げてTop To The Bottom

 

Oh Shit マジかよUp and Down Damn
思ったより高低差半端ないぜ
ぶち上った直後にまたDown
今何が起きた? ちょっとわからん

 

自分で選んだ道だ
ある程度ダルいこと
あるけど仕方ないかな I Guess
それもPart of My Life
また見せつけてやるだけ
タフなHeart

 

なんも無きゃ無きゃで
きっとするマンネリ化
つらい時はかぶるよ深めにCap
ちょっと散歩して帰ってきて言う
I’m Ready Now Yeah Yeah

おわり